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    骨から見る生物の進化

    J・B・ド・パナフィユー

    河出書房新社

    藤原智美(2010/05/25 掲載)

    骨格というものがこれほど美しく、そしてグロテスクでもあるということを、私は今まで知らなかった。自分の体内にも、これがあるということ、私自身がこれによって支えられているということを想像すると、不気味ですらある。
    これに納められているのは、二百点ほどの現生脊椎動物の骨格写真とそれぞれにまつわるエッセイである。だが、学術資料のような退屈さはない。一体一体の骨格標本が、さまざまな「生」の記憶を訴えかけてくる。
    いったいどうやってこんな写真が可能なのか? 暗闇のなかに浮かびあがるアフリカ象。骨だけでも数千キログラムはあるだろう。それがあたかも骨格だけで生きているように、しっかりと四本足で立っているのだ。体長九メートルのマッコウクジラは、白い骨をきしませながら闇を泳いでいる。ヘビは姿に似合わず、その骨はすぐれた工芸作品のように優美である。アリクイの顔は肉をはげば刀のように鋭い。モモンガは今にも襲いかからんばかりに、こちらに向かってくる。アホウドリは高性能な一機のグライダーそのものだ。リクガメもその甲羅のなかはメカニカルな機能美にあふれている。
    私たち人間はいうまでもなく脊椎動物の一種である。その意味では、カゴの中で飼われるハツカネズミと何ら変わることはない。皮膚と肉を取り去ってしまえば、そこに残る骨格は驚くほど似ている。脊椎を軸とする構造そのものは同一だからである。
     だが、こうしてさまざまな動物の骨格を眺めていくと、人間という存在がいかに他とかけ離れているか、奇妙で異様な生き物であるかがわかる。チンパンジーよりも奇っ怪だ。他の動物が人間を恐れるのは、私たちの奇妙な「形」ゆえかもしれない。
    現在、動物の進化を読み解くのは分子生物学、なかでも遺伝子学が主流になっている。では、世界で膨大に収集されている骨格標本はムダなのか? 私にはそうは思えない。遺伝子という情報では抜け落ちる何かがそこには隠されている気がする。たとえば、ある未知の動物が飛んでいたのか、泳いでいたのか。確証を得るには骨格が欠かせない。「情報」ではなく、生の記憶を紡ぎだす「想像力」こそ今は必要なのではないか。何しろ、進化とは情報処理の結果ではなく、壮大なドラマ、物語にほかならないのだから。
    (初出: 西日本新聞 朝刊 2008年5月4日)

    プロフィール

    藤原智美 / 作家

    作家・西日本新聞社書評委員