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アジア二都物語シンガポールと香港
岩崎育夫
中央公論新社
梁木靖弘(2010/06/16 掲載)
一年ほど前、シンガポールのチャンギ空港で、二十時間のトランジットを経験した。たまらんなあと思っていたら、空港内の一角がホテルになっている。少々高かったが、個室を借りて、仮眠した。オランダのスキポール空港にもホテルがある。貿易立国たらんとする小国は、世界を視野に入れた巨大なハブ空港をもつ。
香港でも、空の玄関口を郊外の広々とした新空港に移して巨大都市の戦略を着々と実行している。かつては、ビル街に突っ込むように着陸するカイタック空港があったために、まばゆい香港のネオンサインは瞬かなかったのだが。
香港とシンガポール、このアジアの二つの拠点都市は、どちらもイギリスの植民地として誕生した。十九世紀前半、植民地化する前、シンガポール島の人口は約百五十人、付近を航行する船舶を襲う海賊の住処だった。香港島も、ただの一寒村でしかなく、やはり海賊の拠点だった。中国との貿易を行うための中継基地として開かれたこの二都市は、イギリスを「父親」に、中国を「母親」にもつ姉妹植民都市である。
中国へ返還される前の香港は、アジアのハリウッドと称された映画都市。それに対して、シンガポールには映画産業が育たなかった。なぜだろうか?本書に解答を期待していたが、「なぜ『香港文化』があって『シンガポール文化』がないのか、これは筆者の手にあまる難しい問題というしかない」と、あっさりかわされてしまった。が、随所にその答えはある。シンガポールの政治が権威主義的、国家管理が行き届いていることと、住民に安定志向派が多いことなどは、文化の育たなさに関係がある。香港映画は、チャレンジ精神旺盛な移民たちとつながっている。二十一世紀の中心は国家ではなく、都市だろう。ポストモダンのモデルハウスのようなこの姉妹都市が、これからどうなるのか、気になる。
本書で面白かったのは、二都市がさまざまな段階をへて、高い所得とマイホームをもつ中間層の時代に至ったということ。その先は、少子高齢化の問題である。わが国も、だいぶ前に、一億層中流化から、少子高齢化へ突入した。中間層がこれからのアジアの問題だということを教えてくれる。香港的チャレンジ精神の本というより、シンガポール的にすっきりと整理してくれる本だ。
(初出: 西日本新聞 朝刊 2008年2月10日)
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プロフィール
梁木靖弘 /
九州大谷短大教授・西日本新聞社書評委員