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田んぼの忘れもの
宇根 豊
葦書房
外井哲志(2010/06/07 掲載)
毎週日曜夜9時から、NHKのラジオ第2放送の「文化講演会」を聞いている。3月28日は、「田んぼの生き物と農業-身近な生き物から考える生物多様性の意味」と題する講演であった。講師の名前は忘れていたが、内容は興味深かったので記憶に残っていた。後日、知人の勧めでたまたま出向いた講演会の講師が、さきの講師と同人物(本書の著者=宇根氏)であったことを知った。早速、会場で本書を購入して読んだ次第である。
著者は、福岡県の農業指導員を長年勤めてきたが、国の農業政策に疑問を持ち、地域の百姓(著者はこの言葉に誇りを持っており、自らも百姓をしている) とともに減農薬運動を展開し、「農と自然の研究会」における10年間の活動で、日本の減農薬運動をリードしてきた人物である。その活動の中で、農業から生まれる自然環境、特に生態系について詳細な全国的調査を実施し、田んぼに生息している「いきもの図鑑」を完成させた。著者によれば1枚の田んぼには数百種の生物が生息しているそうである。
本書は、第1章で、われわれ日本人が好きな赤とんぼが、実は田んぼから生まれることを述べている。トンボは古い日本語で「アキツ」と呼ばれる。日本に稲作が持ち込まれて以来、赤とんぼが田んぼで発生して大量に飛ぶさまを見て、古代にはこの国を「アキツクニ (=赤とんぼの国) 」と呼んでいたのだそうだ。田んぼが無ければ、われわれは、赤とんぼに限らず、ホタル、ドジョウ、メダカ、ゲンゴロウ、コウノトリも眼にすることができなかった。著者はこういう生き物を「農業生物」と呼び、国のタカラモノにしようと呼びかけている。
第2章以下では、著者が国の農業政策に疑問を持ち、百姓の主体的な米の栽培、販売などの活動、運動を展開する過程が述べられている。その中で得た経験から、農業を、食料生産のための産業としてのみ見るのは一面的過ぎること、農業生物や農業がつくりだす「自然環境」を評価することの必要性を主張し、「環境稲作」を提唱する。
本書を読んで、推薦者自身が農業(稲作) についてほとんど何も知らなかったことを自覚させられた。本書を読めば多少なりとも稲作(農業)に関する考えが変わるのではないだろうか。
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プロフィール
外井哲志
九州大学 工学研究院 環境都市部門 都市システム工学講座 准教授