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    ★ だいにっほん、ろりりべしんでけ録(2008/11/10)

    新・装幀談義 (2008/11/05)

    だいにっほん、ろりりべしんでけ録

    笙野頼子

    講談社

    藤原智美(2008/11/10 掲載)

    これはだれが読んでも分かりやすい、という作品ではない。と、のっけから読者を「ひかせる」ようなことを書いてしまったのだが、ほんとだからしかたがない。しかし、私がこれを選んだのは、いうまでもなく面白いと思ったからである。

    舞台はにっほんという国。「お前は個人だ、だから家族からも国家からも自由なんだよ、なんでも出来るんだ、だから全てお前の責任だ、さあ路上に出て今日から道で寝ろ」などといわれる所。つまり自己責任という言葉がはびこる日本と、にっほんは似ている。

    そこを牛耳るのがおんたこ(はたしてこれが何かは読んでご自分で判断を)。さらにそれに対抗するウラミズモという独立している国家も登場する。こちらは女の天下国家らしく、男は牧場に押しこめられ飼われている。

    さらに作中に作者自身である笙野頼子も登場し、マルクス・エンゲルスの『ドイツ・イデオロギー』を批判する。「ドイデは『俺』に対して本気ではない。『君』に対してもうわの空だ。でも、単に『社会』は好き」というぐあいに。そしてドイデで批判され、もはや棚の奥で朽ち果てたかに見えていたフォイエルバッハを、文学空間に引きだし再生させたりと、メタフィクションのかぎりをつくす。この姿勢に示されるように、本作はごく私的な思考のコアから世界を射ようとする。分かりにくさは必然なのだ。

    ちなみにろりりべとは、ネオリベラリズムとロリコンを合わせた造語。これらにむかって「死んでけ」といっているわけだ。痛快である。

    破天荒、自由自在な言葉の連射は、読者を戸惑わせたり、不可解な笑いに誘ったりと、エネルギッシュである。でも、ただハチャメチャに突っ走っているというのではない。そこには「消費されない言葉」を書きたいという作者の意図がこめられている。国家や市場経済に対抗する、文学の言葉を構築しようという闘いの足跡でもある。ここが肝心。人の内面の言葉が劣化させられている現在、本書には言葉再生という困難な試みが読みとれる。

    この作品は『だいにっほん、おんたこめいわく史』『だいにっほん、ろんちくおげれつ記』(二作とも講談社)につづく「だいにっほん」三部作の完結編。この順番で読むというのがおすすめ。

    (初出: 西日本新聞 朝刊 2008年7月27日)

    プロフィール

    藤原智美

    作家・西日本新聞社書評委員