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世界は仕事で満ちている
降旗学
日経BP社
立石泰則(2008/11/15 掲載)
《あなたはその仕事を選んだつもりかもしれないが、実は、あなたが仕事に選ばれているのだ》《仕事というのは、選ぶものではなく、選ばれるものだと。出会うものだと言っていい》――本書を貫く、著者の揺るぎないモチーフである。そして三十八の仕事(職業)が、本書では選ばれている。
ゴキブリ駆除研究者、ブラジャー開発者、高所専門清掃員、レストラン覆面調査員、脱サラ農家、プロ野球スカウト、お笑い芸人、庭師、霊柩車制作者、AVモザイク処理オペレーター、ダッチワイフメーカー、古典人形師、焼きイモ屋等々、いずれも社会で必要とされる仕事ばかりである。
しかも登場人物のほとんどは、無名かそれに近い人たちである。報酬に恵まれた人もいれば、そうでない人もいる。彼らに共通するのは、自分の仕事に真摯で謙虚なことである。
「電通にいて高い給料をもらっているより、ひとの役に立ちたいと思ったんです」
営業部長時代よりも収入は半減したものの、彼が情熱を傾けたのは独立リーグ(野球)の立ち上げと運営だった。目的は地域の活性化だが、彼の言葉では《故郷を愛せるような事業にすること》になる。それは、他人に誇れる故郷にすることである。
「職業に貴賎はない」――たしかに、真実である。しかし社会に必要とされながらも、胸を張って自分の仕事を説明することに躊躇いを持つ人がいるのもまた、現実である。そんな人たちの思いも、本書には綴られている。
本書では意外と知られていない仕事を発見できる楽しさもあるが、それ以上に「働く意味」を考え直すキッカケを与えられたような気がする。
学校を卒業して会社に勤めることを、私たちは「就職する」という。しかし実態の多くは会社に入った、つまり「就社」である。私たちは「いい会社」に入ることができたかどうかで、これまで就職活動の成否を評価してきた。
だが大切なことは、仕事をすることであり、働くことである。就社を甘受すれば、会社が倒産したとき、就職はそこで終わることになる。しかし「就職」したのであれば、どこへ行っても必要とされる仕事はあるし、自分を選んだ仕事も待ってくれている。
だから、世の中は仕事で満ちていると本書は呼びかける。
(初出: 西日本新聞 朝刊 2008年8月03日)
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プロフィール
立石泰則
ノンフィクション作家
西日本新聞社書評委員