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  • ★ 「日本奥地紀行」(イザベラ・バード) / 「山岡鉄舟」(大森曹玄)(2010/09/22)

    「日本奥地紀行」(イザベラ・バード) / 「山岡鉄舟」(大森曹玄)

    イザベラ・バード / 大森曹玄

    平凡ライブラリー(平凡社) / 春秋社

    松尾靖彦(2010/09/22 掲載)

    1961年の4月に就職して、もう直ぐ半世紀、勿論当時50年後の日本はどうなるだろう、況してやどうしたいなどと考えていたわけではありませんが、仮りに考えていたとして、それが今の社会であったかというと、そうだとは言えない、我々の世代として次の世代に必ずしも良い日本を残せなかったのではないかという思いが捨てられないのは、寂しいことです。
    確かに世界一の長寿国となり、衣食住の水準は格段に上がり、次々と生まれる新しい科学技術には目を見張るものがありますが、しかしその代りに何か失ったものがあるように思えてなりません。
    イザベラ・バードは1831年生れのイギリス人女性で、持病に苦しみながら世界各地、その少なからぬ部分が当時の未開の地域、を歩いた旅行家で、47歳の1878年に来日し、6月から9月にかけて東北・北海道を回っています。その時の記録が「日本奥地紀行」で、彼女の見る人々の生活が貧しいものであったことは言うまでもありませんが、各地で彼女が会う我々の祖先の人達がいかに善良な人達であったかには、読んでいて感動さえ覚えることと思います。
    もう一冊の大森曹玄著「山岡鉄舟」は、イザベラ・バードの描く当時の庶民に対し、同じ時代を生きた一人の指導的立場の人を描いています。特にその中で最後の鉄舟の死の部分は圧巻です。そこから読み始めることをお勧めします。
    大森さんのこの部分は「小倉鉄樹炉話、石津寛・牛山栄治手記、おれの師匠(山岡鉄舟先生正伝)」(春風館)を基にしておられるようですが、読み応えのある感動的な文章となっています。
    この書を読まれて感ずるところがあれば、上京の折りに谷中の全生庵というお寺を訪ね、鉄舟の墓の前に立って見るのもよいでしょう。全生庵は東京メトロ千代田線の大手町駅から四つ目の千駄木駅で降り、駅前の団子坂下から谷中霊園の方へ7〜8分歩いた左側にあります。さして遠い所ではありません。しばらく墓前に立っていると、墓地の右手奥小高くなった丘の上の当時を知るであろう大きな木々が、あなたに話しかけるかのようにザワザワと風に鳴るでしょう。
    グローバル化というと経済面だけが注目されますが、従来発展途上とされた国々が興隆し世界中が競い合っていく中で、日本がどういう国柄、国民性あるいは価値観を持った国として国際的に寄与していくのかということも、考えるべき大切なことに思われます。

    プロフィール

    松尾靖彦

    佐賀銀行 頭取