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  • ★ The Informational City: Economic Restructuring and Urban Development(2009/12/25)

    The Informational City: Economic Restructuring and Urban Development

    Manuel Castells

    Wiley-Blackwell

    豆本一茂(2009/12/25 掲載)

    本書は、スペイン出身でフランスで教鞭を取っていた著者が、1979年にカリフォルニア大学バークレー校に招かれ(現在は同校名誉教授)、レーガン政権下の新自由主義のもと、グローバル化とIT技術によって変貌する1980年代のアメリカの都市・地域を経済、文化・社会、政治など多方面から分析した大著である(初出1989年)。著名な都市社会学者である著者の本は、日本でも訳書が何冊か出ているが、残念なことに本書の翻訳は出ていない。

    私が本書に出会ったのは、大学院時代にゼミのテキストとしてであった。初読の際は、正直なところ、英語に加え難解な内容で、ほとんど内容を理解出来なかった。その後、著者の以前の著作や関連文献を読み進めることで、ようやく本書の内容がちゃんと理解できるようになって、これはスゴイ本だと確信するようになった。

    九州は、戦後最長となった2002〜07年の景気拡大局面において、輸出というグローバル経済とのリンクによって大きな恩恵に与った。一方その内部では、地域間格差の拡大や、派遣労働者など非正規労働者と正規労働者との間の格差が拡大していったことは、もはや周知のことであろう。

    ある意味、本書は予言の書である。本書の描く1980年代末のアメリカの都市・地域の様相は、まさに現在、というより数年前までの日本・九州の姿そのものである。1970年代の不況を克服するとの名目のもと、新自由主義が押し進めた規制緩和によって、シリコンバレー等のハイテク産業の集積地や金融センターであるウォール街は、グローバル経済のハブ・センターとして急速に発展していく。また、国内が飽和した自動車メーカーは市場を求めて欧州や新興国に現地工場・子会社を設立していく。一方、米国内に残った製造業では低賃金(不法)移民労働者を活用し、新興国の安価な製品に対抗していく。その結果として、都市・地域間、労働者間には深い格差・分断(segregation)が生まれ、マクロ経済的には繁栄しているのに地域間・労働者間の深刻な格差により市民の多くは繁栄を実感できない社会が立ち現れる。

    筆者は詳細な統計データ等をもとに、経済だけでなく、政治や文化など多様な要因が作用した結果として、アメリカの経済社会、都市空間が再構築されて行く過程を描き出す。その分析力はまさに驚嘆すべきものがある。本書の分析手法は、多分不可能であろうが、研究者としての私が理想とするものであり、その意味で最も思い出に残る一冊である。著者はかなりの多作家であるが、本書ほど一貫性をもってまとまっているものは他になく、本書が未翻訳なのは残念でならない。

    現在のアメリカの姿が何年か後に日本で再現される、もはやそんな時代ではないのは確かではあるが、依然として世界経済におけるアメリカ経済の重要性は変わっていないこともあり、非常に示唆に富む本であるといえよう。

    プロフィール

    豆本一茂

    九州経済調査協会 主任研究員