• わたしの大切な一冊
    最新書評
  • 氷壁 (2011/08/04)

    自由からの逃走 (2011/05/03)

    零式戦闘機 (2011/02/17)

    「日本奥地紀行」(イザベラ・バード) / 「山岡鉄舟」(大森曹玄) (2010/09/22)

    水神 (2010/06/24)

    田んぼの忘れもの (2010/06/07)

    武王の門 (2010/06/02)

    サザエさんの東京物語 (2010/06/01)

    image もっと読む
  • 橘高公久氏の書評一覧
  • ★ ローマ人の物語(2009/12/27)

    ローマ人の物語

    塩野七生

    新潮社

    橘高公久(2009/12/27 掲載)

    私は、これからの若い世代に是非読んで欲しい一冊として、塩野七生の「ローマ人の物語」を挙げたいと思います。1992年に第一巻が刊行され、2006年末、西ローマ帝国の消滅をもって完結した全15巻、ローマ通史の大作です。タイトルからの印象と異なり、原典や史跡資料を丹念に読み込み、歴史の事実に迫るとともに、筆者の説得力に富む分析や考察を加えており、精緻で格調の高い歴史書となっています。

    ローマ帝国の目覚ましい拡大を牽引したカエサル(シーザー)の「ガリア戦記」や猛将ハンニバルとの国家存亡を賭けた死闘を描いた「ポエニ戦争」などの戦記は眼前で戦闘が展開されているような手に汗握る迫力です。しかし、本著の最大の特徴は、「イタリア半島の一隅に始まった小国ローマが如何に興隆し、1300年にわたり持続できたのか、また、その大国がどのように滅んだのか。」という視点から、国家のあり方に迫っているところにあります。

    ローマは、「帝国」とはいえ、皇帝の選定にも強く民意を反映した民主主義色の強い国家です。「人間性を重視した自他の尊重」、「異なる民族・文化・宗教等に対する寛容」、「家族・社会・国家を維持するための規律の維持」という価値観に基づき平和の維持(パクス・ロマーナ)を実現するというローマの国家理念は、今日においても些かも色褪せていません。

    また、筆者は、ローマの政治体制内の緊張関係、強力で最小限の軍備、法治国家ローマの特徴、ローマ街道網などの徹底したインフラ整備、開放的な経済政策と簡素で安定した税制、能力主義による人材登用に至るまで、ローマの制度の隅々に渉り、国造りにとって示唆に富む分析を行っています。そして、最も重要なことは、ローマの繁栄を支えたのは、国に対する強い帰属意識を持ち、進んで命がけで国家建設に取り組む一方、時に実力で皇帝を交代させるという強さと自覚を持ったローマ市民の存在だったということです。

    ともすれば国と国民が対峙するものとして取り上げられ、国益や公益を担うことが尊重されなくなっている今の我が国にとっての警鐘のようにも思います。

    プロフィール

    橘高公久

    九州経済産業局長