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  • ★ 黒潮のフォークロア -海の叙事詩(2009/12/27)

    黒潮のフォークロア -海の叙事詩

    日高旺

    未来社

    伊藤祐一郎(2009/12/27 掲載)

    本書には,黒潮の沿岸で生計を立ててきた漁師達に,新聞記者であった著者が直接取材し,彼らの持つ感性や美意識,信仰などの精神風景に着目して,現代社会に生きる私達への示唆に富む話題を続けざまにかつ小気味よくまとめ上げた94編の叙事詩が収められている。「フォークロア」とは民俗学のことではあるが,学術書のような近寄りがたさはなく,黒潮により培われてきた漁村の営みや生活の知恵を丹念な聞き書きによって詳らかにし,読者に届けようとする著者の姿勢は,まさにジャーナリズムの原点を垣間見る思いがする。読み進めていくと,初雪の時期や雲の形,風の速さ,鳥の渡り,さらには花の開花までもが出漁する漁師の一挙手一投足に影響を及ぼしていることにまず驚かされる。自然の法則や摂理に頑ななまでに従順な漁師達のプロとしての姿勢もさることながら,彼らの感受性の豊かさを育んだ黒潮の恵みを思い知らされる。「山当ての思想」もまたしかり。目印のない海上では,陸上の山が見える角度や木一本草一本を目印に船を巧みに操り,草一本分ズレればもう魚は釣れないのである。そのような事実に着目しないまま,いつの間にかその目標となる木を切ってきたのが同じように黒潮の恵みを受けている我々黒潮の民であることも紛れもない事実であり,そこには強烈なアイロニーが秘められている。奄美が育んだ戦後文学の代表的作家島尾敏雄による序文で「常に大海の中にほうり出されているが如き現代の生の中で,根っことなるべき羅針盤が何であるかが示唆され,現代の世の中が流れ進んで止まない行方にも疑いの視点を呼び覚まされている自分に気づくだろう。」と述べられているが,著作から20年以上経過し,食料や環境など数多くの課題を抱えるようになった今の時代に対しても,驚くほど的確なメッセージとなっている。その点からもお薦めの一冊である。

    プロフィール

    伊藤祐一郎

    鹿児島県知事