よみがえるおっぱい

千葉望

株式会社海拓舎

案浦浩二(2009/12/25 掲載)

「子供達が『お乳が直ったみたい、また前と一緒だね。お母しゃんよかったねぇ』といってくれたんですよ…」。乳ガンで乳房を失った人工乳房の利用者から感謝の手紙が届いた。この手紙を受け取ったのは、島根県の義肢装具メーカー、中村ブレイスの中村俊郎社長である。「よみがえるおっぱい」は、世界遺産の石見銀山にほど近い人口500人ほどの小さな町の工房を、世界的な企業に育てた中村社長の挑戦を紹介した本である。

義肢装具とは、怪我や病気で失われた身体の一部を補うものである。当社の主力商品は、世界9カ国で特許を取得したシリコン製インソール(足底装具)、サポーターのような膝や足首の関節装具等であり、海外にも輸出されている。そして、利益を度外視して手間暇を惜しまず製作されるのが、本書のタイトルにもなっている本物そっくりな人工の「おっぱい」である。外国製の重く硬いものと違い、当社オリジナルの製品は軽くて柔らかく、乳ガンにより乳房を失った女性の身体だけでなく、傷ついた心までも補っている。

中村氏は、1948年に島根県大田市大森町に生まれた。苦学して高校を卒業後、京都の義肢工場に就職した。71年、23歳の時に会社を1カ月休み、私費でロサンゼルスの義肢装具メーカーを訪ねたことが転機となり、翌年には退職して米国留学し、当時最先端の義肢装具の知識を習得した。2年後に米国の装具士補の資格を取得して帰国、生まれ育った実家の納屋でたった1人で中村ブレイスを創業した。

その後、利用者の声を大事に新素材や新技術を取り入れた製品づくりに取り組み、現在では世界中から注文が舞い込む企業に成長している。

中村氏は、社会貢献にも積極的に関わっており、古い町並みの保存、米国メーン州の音楽祭優勝者を招待する「なかむらスカラシップ」など、ふるさと再生に取り組んでいる。2007年には島根県教育委員長として石見銀山の世界遺産登録にも尽力した。

2009年6月、山間の工房にて柔和な笑顔の中村氏に話を伺った。ふるさとに対する深い愛情と誇りをもとに、恵まれない環境の中でも世界に誇れる取り組みに挑む姿勢に感銘を受けた。

本書は製品開発ドラマの描写にもの足りなさはあるものの、写真も豊富で読みやすい。過疎の進む山村というデメリットを跳ね返し、会社や地域を元気づけている中村氏の挑戦を経営者やビジネスマンだけでなく、これから社会人となる学生にもぜひ読んでいただきたい。

プロフィール

案浦浩二

九州経済調査協会 調査研究部 次長