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  • ★ 社会政策時報(193号)ー九州に於ける産業と労働特集(2009/12/26)

    社会政策時報(193号)ー九州に於ける産業と労働特集

    財団法人 協調会

    森本廣(2009/12/26 掲載)

    1936年(昭和11年)といえば226事件の年である。中央で軍拡と大陸進出が叫ばれている時、地方経済がいかなる状況にあつたのか、九州に焦点を当てて多角的に分析した論文集である。戦前の九州経済に関する資料としては一級品と言える。その理由の第一としては歴史的価値にとどまらず、現代にも通じる多くの示唆を与えてくれることである。70年を経た現在、新しい東アジア経済圏の時代を迎えた九州にとって、学ぶべきことは多い。

    第二は、執筆陣が素晴らしい。この特集についてまえがきを書いた河原田稼吉は、協調会常務理事であったが、この協調会は産業と労働に関するわが国有数の調査研究機関であり、河原田は翌年、林内閣で内務大臣を務めた。次いで冒頭に「北九州工業の特性」を書いたのは、河原田とは東大で一年後輩の安川電機製作所(現安川電機)社長の安川第五郎。ともに50歳の働き盛りである。また「北九州と満州」について執筆したのは、門司で出光商会を立ち上げ、当時、門司商工会議所会頭であった出光佐三。かれも51歳と同年代である。このほかの執筆陣に、「北九州工業発展の概況について」を書いた松本健次郎は、明治専門学校(現九州工業大学)の初代校長である。麻生鉱業の助っ人野田勢次郎も、「九州炭の消長と其使命」を、電力業界からは九州水力電気株式会社眞貝貫一常務取締役が「九州に於ける電気事業の特性」を担当。学者では、九州大学の波多野鼎教授が「製鉄所をめぐる諸製造工業の発展」「我が国民経済に於ける北九州工業の地位」の2論文を掲載した。かれは戦後いち早く九州地域復興のために九経調の設立発起人の一人となった。行政からは、福岡県経済課長の安田穣、鹿児島県商工水産課長の平城国義等がいる。労働界からも戦後民社党の副委員長となった野田卯四郎が「産業協力運動の理論と実践」をまとめた。

    第三は客観的な視野で構成されていることである。執筆陣でも紹介したように産学官の論客をバランスよくそろえ、考え方が偏らないように配慮されている。さらに戦前の地域特集としては、驚くほど統計データが駆使されていることである。データに基づいている限り、論旨の内容がいつまでも新鮮に伝わり、冷静な現状認識のもとに将来に対する熱のこもった論戦が展開されている。

    最後に編集後記「編集室より」の一文を掲載しておく。「今や国事ますます多端。この秋に当たり,我が国における政治的、経済的、社会的重要地点たる九州を取り上げて、詳細な検討を行うことは、実に重大な意義があると共に、本会の持つ使命の一端もまた、達成されうるものと信ずる。」
    532ページの大作である。

    プロフィール

    森本廣

    九州経済調査協会 理事長