稲盛和夫の実学 経営と会計

稲盛和夫

日本経済新聞社

丹治芳樹(2009/12/27 掲載)

鹿児島出身の京セラ創業者、稲盛和夫氏の、「経営の要諦、原理原則を会計的視点から表現した」名著である。

技術者である氏は、創業当初経営に苦労する中、「真剣に経営に取り組もうとするなら、企業活動の実態が正確に把握されなければならない」と気付き、会計基準等に拘泥せず、経営と現場を有機的に結びつける、実践的、本質的な会計の仕組みを構築してきた。本書では、その姿が分かり易く、生き生きと描かれている。

例えば、「会計上利益が出ているのに、配当資金を借り入れなければならないことに対する素朴な疑問」から出発し、キャッシュフロー会計を早期に独自導入したほか、「一対一対応の原則」などのシンプルな原理・原則を経理担当者の伝票作成タイミングといったレベルまで浸透させ、「正確、明解、迅速」な会計データを構築するとともに、そうしたデータを「時間当たり採算」といった経営指標に集約化し、社員一人一人と同時共有化していく。その仕掛けは、ダイナミックであり、かつ氏が経営者として企業の隅々まで掌握していることを如実に示す。「ただ常識とされていることにそのまま従えば、自分の責任で考えて判断する必要はなくなる」と言い切るところに、経営者としての哲学、決意、情熱が伝わってくる。

ところで、氏は、「企業経営に携わるものが、『会計の原則』を正しく理解し、公明正大で透明な経営をしようと努めていれば、80年代後半からのバブル経済とその後の不況もこれほどにはならなかったのではないか」と指摘し、「資本主義社会は、厳しいモラルがあってこそ初めて、正常に機能するシステム」と警鐘を鳴らす。

奇しくも、サブプライムローン問題に端を発した一昨年来の経済情勢は、会計、格付等の諸制度の在り方を問い直し、かつ新興国の勃興等新たな成長パラダイムへの転換を求めている。

成長パラダイム転換は、アジアと近接する九州・沖縄地域にとっては、大きなチャンスともいえるが、こうしたパラダイムシフトに適切に対応していくためには、如何に的確に環境変化の実態を把握し、如何に有機的に現場と結びつけた取り組みを進められるかが、大きな課題となろう。

先行きの不確実性は非常に高まっているが、経営や会計の在り方を物事の本質と正確な現場の実態把握から考える本書の視座は、こうした「海図なき航海」を乗り切るうえでの何らかの指針、示唆を与えてくれるのではないだろうか。

プロフィール

丹治芳樹

日本銀行福岡支店長