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  • ★ おにいちゃんが病気になったその日から(2008/10/22)

    おにいちゃんが病気になったその日から

    文:佐川奈津子/絵:黒井健

    小学館/2001

    阿部祥子(2008/10/22 掲載)

    「お兄ちゃんが病気になってから、お母さんにもお父さんにも構ってもらえず、淋しい。」
    お母さんを、お父さんを独り占めしたい、という感情には覚えのある方も少なくないのではないでしょうか。

    しかし、この男の子の場合は状況が少し特別です。仲のよかったおにいちゃんがある日重い病気になり、入院によって生活が一変してしまいます。物語は、独り家にとり残された男の子の、その寂しさや不安について描かれていきます。お兄ちゃんの病気のことは誰も教えてくれなくて、不安。それでもやっぱり淋しくて、おにいちゃんにお母さんとお父さんをとられた様な気がして、ある日男の中に、おにいちゃんを恨む気持ちが芽生えます。

    その気持ちに気がついたときから、男の子の更なる苦悩が始まります。そんなことを思う自分はなんて悪い子なのかと自分自身を責めてしまうのです。

    実は作者である佐川奈津子さんはご自身も“闘病する子どものきょうだい”でした。ご自身の経験を元に描かれたこの絵本は、痛いほどの子どもの気持ちを代弁してくれます。この絵本のみどころのひとつは、病気と闘う子どもの兄弟姉妹へ向けた手紙として書かれた作者によるあとがきだと思います。「病気と闘う本人や両親と同じだけがんばっているのだ。自分を責めないで、あなたも大切なひとりなのだ」とやさしく語りかけてくれます。

    実際に、兄弟姉妹の闘病により深く心に傷を受ける子どもも少なくないといいます。欧米では“闘病する子どものきょうだい”へ向けたプログラムがチャイルド・ライフ・スペシャリストなどの専門家によって行われており、日本にもその動きは広まっています。

    “闘病する子どものきょうだい”も病気に立ち向かう家族の一員として充分にがんばっているのだ、ということを肯定してくれるこの絵本の存在は、きっと多くの子どもの心に寄り添い、そして多くの子どもの心を代弁するものとして大きな役割を果たしえるのではないでしょうか。大人の雰囲気を察知しいい子でいようと努め、本当は誰の責任でもないことにさえ自分自身を責めてしまうなど謙虚な一面ももちあわせている彼らの心に気付かせてくれる、大切な一冊だと私は思います。そしてなにより、この絵本が特殊な状況に身を置く子どもたちへ、家族へと届けられ、寄り添う存在となることを願います。

    プロフィール

    阿部祥子

    九州大学大学院生