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    ★ 死体はみんな生きている(2009/12/25)

    死体はみんな生きている

    メアリー・ローチ

    NHK出版

    松嶋慶祐(2009/12/25 掲載)

    私たちの仕事は、問題を設定し、下調べし、現地に行って話を聞き、そこで得た事実をもとに課題や解決策を提案する、この一連の作業の繰り返しです。そのなかでもいちばんドキドキするのは、現場に行き実際の姿をみて、当事者に話を聞くことです。取材で誰も知らなかった事実を明らかにし、それを伝えることは、時間も労力もかかりますが、とても楽しい仕事のひとつです。入社して初めてひとりで取材に行ったときのことは今でもよく覚えています。

    ご紹介したい本、メアリー・ローチ著「死体はみんな生きている」は、タイトルのとおり「死体」の本で、命を失い、『寄付』された死体が、様々な実験の材料となって、いかに私たちの生活に役立っているのかを追いかけたものです。ある死体は医学生の実習で標本となり、またある死体は自動車の安全性を確かめるために衝突実験の運転手となります。アカデミー賞作品「おくりびと」で本木雅弘演じる納棺師が行う「エンバーミング」の技術も、寄付された死体たちによる実験の繰り返しで確立されたものです。

    この本に出てくる死体とそれをとりまく人たちは、皆、ひとの死に対して真摯で、それでいて冷静です。著者は、そんな死体の「生き様」を丹念に追いかけ、時に目を覆いながらも、役目を終えた死体がもう一度活躍する姿を目の当たりにして素直に驚きます。その姿は、私たちが社会人になりたてのころ心にひめていた、今まで誰も知らなかったことを明らかにしたい、その事実がどれだけおもしろいか皆に伝えたいという純粋な衝動を思い出させてくれます。

    たくさんの死体や臓器、それが実験によって様変わりする様子などが丹念に描かれていますので、読み始めはちょっと抵抗のある本ですが、読み進むうちに、その不快な気持ちは新鮮な驚きに変わります。そして、この本の本題ではありませんが、著者のひたむきな取材に触れることで、日々の仕事に対する気持ちを少しだけ新鮮なものにしてくれるように思うのです。

    プロフィール

    松嶋慶祐

    九州経済調査協会 情報研究部